モンスターハンター・サブストーリー「灼華繚乱」
5 :炎熱の暴君
覆い被さる様に、堅牢な石壁がそびえ立つ。
如何様いかように攻めたとて、人の力では小揺るぎもしない絶壁……内と外とを隔絶する障壁だ。
障壁の存在意義は唯一。その内部を護る事である。
ふるくは敵国の侵攻から、新しくは盗賊などの無頼の徒から。
そして何より――大型の竜種から。
リオレウスを始めとした多くの飛竜種も勿論だが、この壁には、更に抗するべき敵が存在する。
鋼龍こうりゅう仙高人シェンガオレン……そして、炎王龍。
最早伝説に近しい物まで含め、古龍種からの被害を可能な限り軽減する為である。
戦の舞台である「街」は不幸にも、そんな怪物共が多く襲来する地域にあった。
必然として街の防御手段は発達し、城塞と見紛う程の堅壁が完成するに至った訳である。

その石壁の内側に、二人のハンターの姿があった。
誰あろう、アークと椿だ。手に手に獲物を携え、打ち合わせの真っ最中である。

「いいか?おさらいだ。」

人差し指を立てて、アークが言う。

「炎龍の討伐において最大の障害は、奴等が纏う「鎧」だ。」
「炎龍の意識で統括される自衛領域で、割と狭い範囲に高温をまとってるのよね。」
「その通り。じゃあ、どうしたらいい?」
「鎧を消せばいい。炎龍の意識の混濁や切断で、高温領域は無効化される……。そうやって鎧を消し、相手を消耗させてから、領域の維持を司る角を折る。」
「満点だ。で、角は龍殺しの力を持つ武具でなきゃ壊せねえ。生憎と俺はそんな物持ってねえから、ツバキの双焔だけが決め手だ。」

静かに唾を飲む音。緊張の面持ちで椿が頷く。

「今、シラットが仕掛けに走ってる。先ずは罠と街の防衛兵器を駆使して、奴の体力を削るんだ。奴等の「鎧」は、晒されるだけこっちの体力を持っていかれるし……高温領域に長居すれば、火傷じゃ済まないからな。」
「障害が消えても楽な勝負じゃないし、ね。」
「ああ。手傷を負った龍を相手にするほど危険な事も無い。特に炎龍は動きが速いから、機動力をある程度殺いでいたとしても油断は禁物だな。」

頷き合う二人。
ぱあん、と。
打ち合わせが終わるのを見計らったかの様に、シラットの合図が上がった。

「お、準備完了か。」
「いよいよね。」

頷いて戦場へ足を向ける椿。
その背中が、酷く不安気に見える。

「ツバキ!」

思わず呼び止めた。

「なあに?」

表情に不安の陰をちらつかせた椿が、それでも気丈に振り返る。

「いや……、その、何だ。」
「?」
「さっさと狩って、帰ろうや。俺がついてる。シラットもついてる。弟さんも待ってる。だから――な。」

頭を掻きつつ発した言葉に何かを感じたか、椿の表情から陰が薄くなる。

「うん、そうだね……。」

頷いて、言葉が切れる。一呼吸置いてから、椿が口を開いた。

「ねえ、アーク?」
「何だ?」
「もし、宝玉が取れたらさ……弟に会いに来てくれる?」
「そうだな。そうなると、交代要員の申請やら忙しくなるが……悪くねえ。」
「きっとだよ?」
「ああ。」

約束だ。と親指を立てると、戦場へと視線を戻す。

「さ、そろそろ行くか!シラットに怒られちまう。」
「了解!」

互いに頷き一つ。
薄寒い朝靄を裂いて、ハンター二人は戦場へと赴いた。



「遅いニャッ……!そろそろ獲物がこっち来るニャ!」

物陰に隠れつつ、シラットが言う。

「悪い、待たせたな。仕込みはどんな感じだ?」
「上々だニャ。特製のタル爆弾を、纏めて5個程広場中央に仕込んであるニャ。」

見取り図を指し示しながらシラットが説明する。

「わかった……。んで、特製って何だ?」
「炎龍に火は効かないから、爆圧以外にも威力が欲しいニャ。釘とかハリの実とかを色々仕込んで威力を上げたニャ。」
「お前……」
「んニャ?」
「サラっと恐ろしい事言うな……。たまに怖えぞ。」
「ニャンだ、不満かニャ?」
「馬鹿、上等だ。良くやった……って、ん?ツバキ?」

何とも言えない表情で固まっている椿に、アークが怪訝な顔を向ける。
視線に気付いた椿は首を数度振り……

「あ、いや、シラット君の博識にビックリしたのよ。」

とだけコメントした。
(って言うかシラット君知識深すぎ……アイルーに負けたあたしって一体……?)
などと、微妙に打ちひしがれた呟きが聞こえた気もするが、そこは優しさという奴で無視しておく。
横ではシラットが同じように知らんぷりしながら、ちょっと嬉しそうに笑みを堪えていたりする。
少しだけ場の空気が緩んだ様だった。椿の顔からは、もう先程の陰が消えている。

(いい感じじゃねえか。)

これなら、この狩りも問題あるまい。
そう思った矢先。

『!』

気付いたのは誰が最初だったか。
遠雷にも似た咆哮が大気を揺らす。
もやの抜け切らぬ空に、二つ目の太陽が生じた。
本来の太陽よりも赤みがかった光を発するそれは、接近に伴って次第に生物としての輪郭を帯びていく。

「あれが……テオ・テスカトル……!?」
愕然と、椿が呟く。
牙獣がじゅうを彷彿とさせる体躯に、飛竜種を思わせる翼。
溶岩の如く赤黒いその鱗。
太陽を宿したかの様な金色こんじきの瞳。
獄炎ごくえんの紅さを誇るたてがみ
そこから伸びる、大きく捻じれた二本角。
そして何より――その威容いよう

(こいつは……っ!)

圧倒的。

そんな表現がピタリと当てはまる。
遠目に観測されたデータはやはり誤差があったのか、目の前の龍の巨大さは資料に記された内容の比ではない。

(ちっ。アリアの奴……帰ったら大目玉喰らわせてやる。)

内心で舌打ち一つ。おくびにも出さず、「大丈夫だ」と椿の背中を叩いてやる。
その手が緊張に震えていなかったかは――自信の持てない所だった。
引き返せない。後悔などの入り込む余地も無い。
そんな後ろ向きの感情を抱いたままでは、生き残ることすら覚束ない。

るからには、狩る。

「行くぞ。」

アークの声に1人と1匹が頷き、事前の打ち合わせ通りに配置を移した。
アークとシラットが塀の上に設置された巨大弩砲どほう<バリスタ>へと弾を装填する。
椿はアークの背後を抜け、そのまま次の塀の上へ。
バリスタを照準。トリガーを引きたくなる思いを堪えて息を殺す。

(まだだ……)

シラットの仕掛けた特製タル爆弾まで、まだ間がある。
周囲を睥睨へいげいする炎王龍が、ゆっくりと歩を進める。

仕掛けまで3歩。

2歩。

1歩――!

高温領域が仕掛に触れる。
熱に反応し、着火装置が作動。
炸薬引火。瞬間的に炎上。
テオ・テスカトルの真下で大規模な爆発が生じる。
大気をつんざく爆音。
凶悪な改良を加えられた爆発の五重奏が、油断し切った炎龍へと殺到する。

「撃てえぇえぇぇッ!!」

生じた爆炎を合図に斉射。二門のバリスタが高威力の弾を撃ち出す。
ほぼ同時に着弾。混乱した様子の炎龍に鋼鉄のやじりが喰い込んで行く。
次々と鱗を穿つ衝撃に敵の襲来を悟ったか、金色の瞳がこちらを向いた。
苛立ちの色を滲ませ、炎龍が向き直る。
一度だけ身を沈ませて溜めを作ると、猛然とこちらへ突進してくる。
重い激突音。
攻城槌こうじょうついでも打ち込まれたかの様に、堅牢な石壁がきしりを上げる。

「野郎っ!!」

足を取られまいと懸命に踏ん張りながら再照準。衝撃で散らばったバリスタの弾を足で掻き集めながら撃ち捲る。
同時、横手から長い悲鳴が上がった。

「シラット!?」

尾を曳いて壁の下へと遠ざかるアイルーの悲鳴は、紛れも無いオトモアイルーの物である。
ちらりと視線を飛ばせば、シラットが担当していた砲座はやはりもぬけの殻だ。

(振り落とされたかっ!)

迷う事なく再照準。炎龍を引きつけるべく、砲撃を継続する。
視界の端で地面を探せば、白いアイルーが梯子の方へ駆けて行くのが確認できた。
流石はアイルーと言うべきか、この高さから落下しても着地に問題は無いらしい。

「さっさと上がって来い、馬鹿!」
「シラット君、交代っ!」

発した声に叫びが被る。

「ツバキ!?」
「悠長にしてる暇無いんでしょ!?」

驚きの声をぴしゃりと遮り、椿がバリスタの弾を掻き集める。

「扱いも撃ち方も一通り、さっきの打ち合わせで覚えてる!ヘヴィボウガンよりよっぽど簡単!」

二の句を接がせぬ物言いで言い切り、返事も待たずに砲撃を開始。
手慣れた動きは無いが、しかし確実に命中させて行く。

「……判った。任せる!」

逡巡しゅんじゅんの後に座を委ね、アークも砲撃に復帰する。
支給された弾は残り3発。
揺り動かされる石壁の上、慎重に、迅速に、全てを炎龍の脚部へと叩き込む。

「ツバキ!先に行くぞ!」

撃ち終わるや、即座にバリスタを放棄。梯子へ向けて全力で駆ける。
登って来たシラットを引っ張りあげ、速やかに壁下へと降りて行く。
梯子を下り切って広場へ回り込むと、丁度椿も砲撃を終えた所だった。

(良し……。)

炎龍の視線は完全に壁の上へと集中し、こちらは気付かれていない。
滑り出すように歩を進め、速度を上げる。今は気付かれていないとは言え、接近すれば容易に発見されるはずだ。
小走りに近付く。炎龍は未だこちらに気付かない。

「っ!」

愛用の鉄鎚を腰溜めに構え、軽く呼吸を詰めて力を込める。
弓の如くたわめた半身へと力を集約させ、全身のバネを腰に、足に集中する。
炎龍の耳が反応する。何かを探すようにうごめき、その身がアークへ向き直った。
アークは舌打ち一つこぼして加速。一息で間合いを詰める。

「けいあぁっ!」

炎龍が迎撃姿勢を取るより一瞬早く、漆黒の鉄塊が迸った。
限界まで溜め込んだ全身のバネを解き放ち、一瞬でハンマーを加速する。
大上段から放たれた鉄塊が、吸い込まれる様に標的へと叩き込まれた。
会心の手応え。
ドスファンゴ辺りなら一撃で昏倒させかねない衝撃が、低く身をかがめた炎龍の眉間に突き刺さる。

「せっ!」

効果を確認する暇もなく回避行動。横っ飛びに地面を転がってその場から遠ざかる。
視界の外で荒れ狂う炎風えんぷう。鎧を掠めて、高温の何かが吹き過ぎる。
辛うじて炎龍の突進を避けたのだと理解するのと、炎の鎧にあぶられた肌の痛みを感じるのが同時。
背筋に悪寒を覚えながら姿勢を制御。回転の勢いをそのまま利用して起き上がる。
吹き過ぎた炎風の行き先を見れば、炎龍はいくらか離れた位置で停まっていた。

(参ったな。)

姿勢を整え、次の行動を取りながら思考を整理する。
完全なタイミングで決まった先の一撃を以ってしても、炎龍の行動を緩めるには至らない。それは、桁違いの耐久力の証明だ。

「と言っても、やる事は変わらねえか。」

退却という選択肢が無い以上、すべき事をこなすだけだ。
振り返って再度突撃体勢を取る炎龍。その後方に椿の姿を確認すると、アークはポーチをまさぐった。
炎龍が再びこちらへと疾走する。単純だが、直撃を喰らえばただでは済まない威力を秘めた突進だ。
突進の進路と交差するように身を投げて回避。炎龍が向き直るより早く体勢を立て直す。

「行くぞツバキ!合わせろ!」

叫んで閃光玉を投げ放つと、全速力で炎龍へと走る。
放物線を描いた閃光玉は、数瞬を置いて炸裂。振り返った炎龍の眼前で白光が散り、全ての視界を埋め尽くす。
閃光を裂いて炎龍へと肉薄。視力を奪われて混乱する炎龍の顎へ横薙ぎの一撃を喰らわせる。
そのままたいさばいて横手へ回り込み、腹部へと重い打撃を見舞う。

(良しっ!)

混乱のためか、炎龍の鎧はその威力を大きく落としている。
炎龍討伐のセオリーが全く通じないという訳では無いようだ。

「いやあぁっ!」

横手から響く裂帛れっぱくの気合。
笛の音の様な音を立て、椿の紅刃が炎龍の角へと伸びる。
伸び上がるように2連撃。回転を殺さぬままに放った3撃目は閉じた炎龍のまぶたを狙って放たれる。
龍殺しの刃が、炎龍の眼を裂かんと唸りを上げ――
椿が不自然に真横に飛んだ。
いや、飛ばされた。
視界を得ぬままに放たれた炎龍の爪が、椿を横手から襲ったのだ。
石壁へ向けて飛ばされた椿は、数度転がってようやく止まる。

「ツバキっ!」

慌てて駆け寄り、助け起こす。

「大丈夫か、おい!」
「……ごめん、大丈、夫。」
「よし、一度退がるぞ。」

よろめきながらも立ち上がる椿に肩を貸しながら、石壁へと走る。
不意に、背後の気配が強くなる。ちらと視線をやれば、視界を取り戻した炎龍が怒りに燃える瞳でこちらをめ据えていた。

(復帰が早い……!)

壁へと向かう足を速める。椿の呼吸が整うまで、時間を稼がねばならない。
怒りの咆哮が大気を揺らす。一層強い高温領域が、炎龍の周囲に展開される。

「くっ!」

足取りの戻った椿を先行させ、自らも後退に集中する。
迫る足音が、猛烈な勢いで自分達との間を詰めている。
石壁へと辿り着く。椿を横へ逃がし、壁を背にしたまま反撃姿勢を取った。
もはや目前に迫った炎龍。その高温領域がアークの肌に触れる。

(今!)

「シラットォっ!!」
「はいニャァッ!!」

アークの叫びに、壁の上で気配を殺していたシラットが応じる。
瞬きの間すら置かず、高速の物体がアークの両側から放たれた。
火薬の炸裂音と鋼の擦過音さっかおんとが絡み合い、軋りを上げて大規模な機構の発動を宣言する。
吐き出された2本の鉄杭が、真正面から突撃してきた炎龍をまともに捉えた。

撃龍槍げきりゅうそう――

巨大にして凶悪。街の保有する物の内、最も高い威力を誇る防衛兵器である。連続使用こそ出来ないが、その威力は絶大だ。
人の倍は有ろうかという太さの鉄杭は炎龍の左右を抉り、その胴に深い溝を刻み込む。
全力での突進に合わせた交差法……撃龍槍を用いて初めて可能となるその攻撃は、確実に炎龍に痛撃を与えていた。
小さく苦鳴を上げる炎龍。業火に近しかった高温の鎧は一時的にその力を弱め、アークは大火傷を免れている。

「ツバキいっ!」

呼ばわり、アークが前に出る。予め回り込んでいたのか、炎龍の体越しに駆け込む椿が確認できた。

『おおおおっ!』

唱和する咆哮。紅と黒の旋風が、挟み込む様に炎龍を穿つ。顎下から強烈な一撃を見舞ったアークはそのまま後方へ駆け抜け、連撃を叩き込んだ椿は猛烈に後退する。
お互いに背を預ける形で、二陣の旋風は停止した。

「イケるか?」
「まだまだっ!」

先の衝撃によるダメージは残っているようだが、それでもしっかりとした返事が返って来る。

「良し。出来る限り被弾するなよ?あの野郎、規格外にも程がある。」
「身を以って味わった……。」
「だが、『鎧』の効力低下は予想通りだ。壁から引き離して死角狙うぞ。」
「了解!」

炎龍は怒りに燃える瞳に警戒の色を混ぜ、距離を取ったまま威嚇の姿勢を取っている。
低い唸りを上げながら前足で地を掻く。人間如きに手傷を受けて自尊心を傷つけられたか、口の端からちらつく炎が周囲に怒りを伝えている。

「……!?」

アークの目が異変を捉えた。

「えっ!?」

気付いた椿も思わず声を漏らす。
警戒する炎龍の真上、壁の上からシラットが炎龍目掛けて石を落とし始めたのだ。
大小取り混ぜての投石だが、それほどのダメージになるとは思えない。
やはり無害と判断したのか、炎龍はそれらを無視している。
シラットはそのまま黙々と石を投下し……自らも石と共に飛び降りた。
先程とは打って変わっての無音。背中に落ちる石に混じって、シラットが炎龍の背へと着地する。

(あの、馬鹿……!)

シラットの目的を察したアークは、即座にポーチに手を突っ込んだ。
駆け出しながら閃光玉を引き抜き、投擲。二度目の白光が視界を埋め尽くす。

「ツバキ!!馬鹿がこんがり焼ける前に角折るぞ!!」

努めて大声で叫び、全力で加速。閃光で混乱する炎龍の眉間へ鉄塊を叩き込む。
確認していないが、アークの予想通りであれば今頃シラットは持参のガジェットで「仕込み」を行っているはずだった。
少しでも強力に、少しでも長く、炎龍の意識を逸らしてやらねばシラットが危険だ。
大声を張り上げ、注意を引きつけながら連続して頭部へ打撃を行う。それを振り払うべく襲い来る前足をぎりぎりで躱し、更に足を打ち据えて機動力を削ぐ。
合流した椿も状況を理解し、可能な限り注意を引く。
数秒もせぬ内に、光に潰され、強く閉じられていた炎龍の眼が開いた。
己への脅威――アークを的確に捉え、炎龍が大きく息を吸い込む。

(いかん!)

ブレスが来る。このタイミングでは避けるのが精一杯。椿に合図する余裕が無い。
かと言って、喰らえば大火傷は避けられず、戦闘どころではなくなってしまう。

(ならば――!)

「ぐぬうっ!!」

呻きにも似た気合を発し、ハンマーを強引に真上へ跳ね上げる。
火炎をたたえ、正に放たんとする炎龍の顎を真下から殴り上げ、強引に軌道を逸らしに掛かった。
強靭な首は一瞬仰け反ったが、すぐさま元の軌道へと復帰。その口から炎が溢れ出る。

「させるかああぁぁあっ!」

全身の力を総動員して攻撃方向を反転。勢いを乗せた鉄塊を、放り込む様に炎龍の口へと叩き込む。
障害物の影響で、放たれた火炎が翼の如く左右に割れた。

「避けろ、ツバキっ!」

無理な負荷で体中が悲鳴を上げるのを自覚しながら姿勢を維持。視界の端で椿の離脱を確認すると同時、炎龍の前足が攻撃動作を取っているのが映りこむ。

(マズい。)

思えど反応が間に合わない。
肉を押し潰す衝撃が走り、ガラ空きになったアークの横腹へ重い一撃が突き刺さる。

「……っっ!!」

吹き飛ばされながら、息を詰めて衝撃に耐える。ハンマーを放さずに済んだのは奇跡に近かった。
染み込むように残る鈍痛をねじ伏せ、何とか受け身を成功させる。
アークが起き上がるのを待たずに身構える気配。

(突っ込んでくるかっ!?)

身を起こすのももどかしく横へと飛ぶ。攻城槌にも匹敵するあの突進を、正面から受けては命が無い。
かわせるか否か。飛ばされた距離を考えると回避できるかは微妙な所だ。
思考しながらも回避行動は緩めない。軋む体に鞭打って、全力で横へと回避する。
確保されない視界の中、状況を伝えるのは周囲の音と風だけだ。
重い地響きが高速で迫る。風を伴った巨体が、アークから少し離れた場所を貫いて過ぎる。

(狙いが逸れた?)

地響きに似た音。炎龍の苦鳴。
それでアークは全てを理解した。
跳ね起きるなり、ハンマーを腰溜めに構えて突進。開けた視界にはシラットが徐々に仕込んだ「成果」があった。
メラルーガジェットに仕込まれた麻痺毒のギミックで、ついに炎龍が麻痺を起こしたのである。

「今ニャァっ!」
ぉっ!」

シラットの声に、一足先に駆け寄った椿が応えた。
両の刃を角へ叩きつけて初撃。勢いを殺さぬまま放った二撃目は、今度こそ炎龍の右眼を穿つ。
手を止めずに放たれた三撃目が左眼を抉り、鮮血の糸が両眼を繋ぐ。
麻痺が解けたか、炎龍が一際大声で吼えた。
勢い良く展開された高温の鎧が、周囲の空気を揺らがせる。

「行くニャご主人っ!」

巻き起こる陽炎ようえんに身を焦がしながら。
金色の瞳をあけに染めた炎龍の正面へアークが到着した。

「が。」

単音を引鉄に、力を解放する。

「ああぁぁぁあぁあぁあっ!!」

駄目押しとばかりに眉間を襲う鉄鎚。顔を朱に染めた炎龍が、大きくその身を沈める。
シラットの仕込みに続き、延々と繰り返した頭部への攻撃がその成果を見せたのだ。
正しく千載一遇。

「合わせてアーク!」

背後から椿の叫び。紅の疾風がアークの隣で渦を巻き、幾度目かの双刃が角を捉える。
これまでの叩きつける様な激しい動きではなく、何処と無く添えるような柔らかさを含む動作だ。
肩越しに、椿の視線がアークへと注がれる。その視線の意図を問うまでも無く、成すべき事を把握する。

(なる……ほどなっ!)

自らに寄り添う形で刃を添える椿を軸に回転し、体捌きで一気にハンマーを加速。トップスピードの一撃を双焔の峰へと打ち当てる。
龍殺しの刃に絶大なハンマーの威力が加わり、初めて炎龍の角が軋みを上げた。

『行っ……けええっ!』

重なる叫び。刃の喰い込む手応えに、遮二無二しゃにむに鉄鎚へと力を込め――
硬い裂音。最後に短く澄んだ音を立て、鎧を司る炎龍の象徴が折れて飛ぶ。

轟!!

それは苦痛か、自尊心を折られた故か。又は掻き消えた鎧を再び纏わんとする為なのか。
炎龍は大きく身を捩って咆哮を上げた。
耳を劈く咆哮から鼓膜を護るため、アーク達は耳を塞いでその大音量に耐える。
しかし、鎧は二度と戻ることは無い。炎龍を炎の主たらしめていた冠は、最早彼の頭には存在しない。
認めざるを得ないその事実を理解したのか、咆哮を収めた炎龍は翼を一打ちして辺りに何かを撒き散らす。

(粉塵爆発!?)

それが可燃性の粉塵だと気付いた時には、もう遅い。
この至近距離での回避は不可能だ。
(どうする――?)

極度の緊張が、刹那を永遠に引き伸ばす。身体の追いつかない遅延した時間の中、思考だけは閃光の速度で回転する。
炎龍が顎を開いた。

(またハンマーをぶち込むか?)

いな。間に合う距離ではない。
炎龍が歯を打ち鳴らす。

(奴の下に潜るか?)

愚策だ。この粉塵の密度では回避できない。退くのも恐らく、間に合わない。
往くも退くも結論は同じだ。
散った火花が粉塵に着火する。

(ちぃっ……!)

往くか退くか。判断の果てにアークが取った行動はそのどちらでも無かった。
傍らの椿を抱き寄せ、地面へと押し倒す。
出来る限り顔を覆い、炎と高温から椿を護る。
荒れ狂う熱風と炎の中、椿が何かを叫んだが――
身を焼く熱に耐えるアークに、聞き取る術は無かった。


6 :覚醒へ→

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