モンスターハンター・サブストーリー「灼華繚乱」
4 :意外な落とし穴
「あー……。」

一言唸って目を覚ます。硬い床の感触が背に触れている。
軽く頭を振って身を起こすと、シラットが驚いた表情でこちらを見ていた。

「ごっ……ご主人が起きてる!?天変地異の前触れかニャ……?」
「俺の早起きは何かの警報かっ!」
「日頃を思えばどれほどの異常事態かは容易に想像付くニャ。」
「うぐっ……。」

すかさず突っ込んだアークだったが、やはりシラットの方が一枚上手である。

「キッチンで寝てるんだ。いつもみたいにはゆっくり眠れねえよ。」
「ツバキさんに寝床貸したんだっけニャ。」
「長旅で疲れてるだろうし、な。もうしばらくそっとしておいてやれ。俺は訓練の支度をして来る。」

装備品の中から昨夜の双剣を取り出し、裏庭へと向かう。
踏み固められた更地に幾本かの丸太が突き立っただけの殺風景なそこは、庭と言うよりも訓練用の広場である。
その殺風景な景色の中には、先客が居た。

「ツバキ……。」

アークの呟きも聞こえぬ様子で、椿が身を低く構えている。
数呼吸を置いて、椿が動いた。
静から動。わだかまる赤い影がくれないほのおと化し、その手に握られた朱色の双刃が閃光の如く奔る。
弾かれる様に前方へ跳躍。低い位置から伸び上がるようにくれないが一条、半円を描く。
勢いに逆らうことなく一回転。追従する次の刃が空を裂く。着地と同時にその場から移動し、元の位置まで一気に戻る。

(昨日俺の空振りを誘った事といい、いい動きするぜ。)

美麗ともいえる動きに、舌を巻く。
ふと思いつき、石を拾い上げるとそのまま椿目掛けて投擲。鋭い軌道を描いてつぶてが椿へと迫る。

(さて、払うか避けるか?)

アークの関心を他所に、飛来する気配に椿が反応した。
ちらりと一瞥をくれるとそのまま鎧で弾き、一気に身を沈ませる。

「せっ!」

単音の呼気と共に武装した椿が飛び出す――こちらへ向けて。

「うおわっ!?」

慌てて飛び退くと、椿の両腕が先程までアークの居た空間を串刺しにした。
一撃を外した椿は少し残念そうだ。

「チェッ。外したかあ。」
「外したかじゃねえよ……礫のお返しにはキツくないか?」
「大丈夫よ。柄だもの。」

さらりと言って双剣を掴んだ両手を見せてくる。
なるほど、逆手で握っていれば刃に貫かれる事は無いだろうが。

「腹に喰らって朝飯食い逃すなんてのも御免だが……しかし、早いなツバキ。まだ寝てても良かったんだぞ?」
「元々、医者の娘だからね。診療の支度やら何やらで、朝早いのは習慣なのよ。」
「なるほど……で、早朝訓練か。」
「そういう事。武器は己が手足、鎧は己が肌の一部たるべしってね。これも日課なのよ。石投げられたのは予想外だったけど。」
「悪い悪い。いい動きしてるから、ついな。」
「ま、いいわ。ところで訓練はすぐに始めるの?」

軽く笑って尋ねて来る椿を、アークは手で制する。

「慌てるなって。まずは腹ごしらえだ。待たせるとシラットが煩いしな。」
「シラット君かあ。いい子よね。」
「ツッコミが過激なのが玉に瑕だけどな。狩りなんかでもいいサポートするぜ?」
「狩りのサポート!?」
「何年か前、アイルー族からハンターが輩出されて話題になったろう?それを皮切りにして、ここんとこアイルー達のハンター界進出が始まってるんだよ。」

目を丸くする椿に、さらりと言ってのける。

「ハンターの技術を学ぶために、まずは人間のサポートから……って話らしい。確か、公称はオトモアイルーとか言うハズだ。」
「世の中進んでるわねえ……」
「実際、あいつらは動きもいいしな。爆弾に関しちゃ俺達より扱い慣れてるのもあって結構心強いぞ。」

そう言うとキッチンへ足を向け、椿を促す。母屋を見れば、丁度シラットが二人を呼びに来るところだった。





「……で、腹の下に集中させた気合を一気に炸裂させるイメージだ。」

さっさと朝食を済ませて座学の講師と化していたアークは、そこで一度解説を切った。
向かいで朝食を摂りながら解説を聞いている椿の様子がどうもおかしい。
ふ、と目を細めて様子を確認すると、アークは慌てて椿を小突いた。

「こら、メシを食いながら鬼人化試そうとするんじゃねえ!」
「あ……バレた?」
「バレるわ!」

てへ、と片目をつむった椿の額に指をぐりぐりやりながら説教モードに入る。

「ったく。最初はそれだけに集中して、身に感覚を染み込ませる事が重要なんだよ。そんなに試したきゃさっさと食っちまえ。」
「はあぃ。」

食事を急ぐ椿に準備をする旨を告げて外に出る。数歩を歩んだ所で、大きな吐息が口から漏れた。

「全く、何なんだアイツは。」

先程の様子が脳裏に蘇る。片手間に試していたであろうあのエネルギーの集中は、鬼人化に必要とされる水準を満たして余りある物だった。

「メシ食いながら話聞きながら、鬼人化に必要な気を練った……だと?怪物かよ……」

改めて、椿の才気を認識する。
初めてまともなハンターと出会った事を契機として、あの天才は途方もない速度でその業を蓄積しているのだ。

「…………妬ましいくらいの才能だぜ。」

ふ。と息を吐くと、手に提げた双剣で地面に文様を描き出す。
丁度人が乗れるくらいの、円を基本とした複雑な象形。
鬼人化の訓練を行う際に用いられるイメージ補助の図形である。

「お待たせーっ。」

粗方描き終えた所に、食事を終えた椿がやって来た。後ろにシラットを従え、こちらに駆け寄ってくる。

「よし、じゃあ始めるか。ツバキ、そこの円の真ん中に立ってくれ。」
「はい……この辺りでいい?」
「ああ。さっき教えた通り順を踏んで行くぞ。意識の流れをイメージするのを忘れるなよ。」
「了解!」

応えた椿は両手を下ろして脱力。限界まで息を吐き出し、深く、長く吸い込む。
一動いちどうに幾つもの意識を重ねる工程。
全身の神経を研ぎ澄まし、己が身を巡る力を知覚し、臍下せいか――丹田たんでんと呼ばれるそこに、呼吸と共に力を落とし込む。

「いいぞ、そのままその感覚を膨張させろ。より激しく、より熱くだ」

自らの経験をなぞりながら、椿の様子を監督する。
頷きと共に、更に呼吸を深くなる。
炉の炎にふいごで風を送り込む様に、漏れ出でる力の感覚が熱を帯びる。弾けんばかりに高まりを見せるエネルギーが、ゆっくりと足元から渦を巻く。

「いいか、空気が「粘る」感触を意識しろ。限界の集中を持続するんだ。」

半眼で意識を集中しながら頷く椿。

「臨界を見極めろ。お前は炎だ。紅蓮ぐれんの牙で獲物をほふ絶死ぜっしほのおだ!」

とぐろを巻くエネルギーが臨界に達する。
それが契機。

「こ。」

椿の口を衝く単音。
一音を起爆剤とし、紅炎こうえんはしる。
腕が対なる牙の印を象り、圧縮された力は螺旋を描いてその体を覆い尽くす。

「おおぉぉぉおおおおおおおおおっ!!」

椿の体から立ち昇る紅色の気は、通常の鬼人化の数倍はあろうかというボリュームだ。
その様子を、アークは半ば呆れた顔で眺めていた。

「通常の鬼人化よりも高い効果のものになるだろうと思っちゃいたが……流石だな。」

眼前のそれは、アークの予想を大きく超えるものである。
駆け出しの放つ気としては破格。ランク6のハンターの平均よりもやや上といった所だろう。

「しかしまあ。」

ふ。と立ち消える紅色の気。
そのままゆっくりと体が傾ぐ。
肩を竦めるアーク。椿の体はそのままどんどん傾いて――

「予想通りといえば予想通りか。」

目を回した椿はそのまま意識を失ってしまった。
のんびりと歩み寄り、軽く頬を叩いてやる。

「おい、起きろって。」
「……ぅ?」
「力に任せて出力制御しなかったろ。だから意識を持って行かれるんだよ。」
「あ……気絶しちゃってたのか……。」
「まあ、鬼人化の訓練にゃ付き物さ。立てるか?」

頭を振りながら立ち上がる椿に手を貸してやる。

「出力を絞り込め。気絶しないギリギリを見極めるのがポイントだ。抑え過ぎれば鬼人化の意味がないし、出しすぎれば今の二の舞だぞ。」

椿の頷きを受けて、訓練が再開される。
出力のコントロールを体得するべく訓練は延々と続き、日が中天へと差し掛かった頃。

「…………。」

アークは言葉も無く天を仰いでいた。
椿は椿で、荒い息を吐きながら仰向けで倒れている。

「……お前さ。」

頭痛を抑える様に額に手を当て、アークが呻く。

「本当に手加減が苦手なんだな……。」
「うぅ……。」

訓練の結果は、全敗であった。
要するに成果ゼロである。
椿は力のコントロールが致命的に不得手であると判った事が、収穫と言えば収穫であろうか。

「ここまで来ると、制御の問題だけじゃ無い気もするんだよなあ。」

ふむ。と考えを巡らせる。
課題点は明白だ。鬼人化の制御が出来ずに意識が飛んでしまうため、鬼人化を利用した戦闘を行えない。
解決策も明白ではある。徹底した訓練の末に制御を体得させるのだ。
使用者の負荷や身体に出る影響を考えれば、これが最も合理的で現実的な方法なのである。
今日明日に出来るような矯正で無い事を除けば……だが。
狩猟決行は明日。当然間に合う筈もない。
頭を掠めた疑問も、検討するのはもっと先の話だろう。

「結局、アレしか無いか……。」

懲りずに挑戦しては倒れている椿を眺め、アークは独りごちた。
その日一日、残りの時間は鬼人化を用いない戦闘法の訓練に充てられた。
結局アークの選んだ選択肢は、「極力鬼人化を使用しない」事である。
使えば自滅の賭け事を、駆け出しに……まして炎王龍相手になど、させてはならないという結論だった。

そして夕餉の席での事。
限界近くまでしごき抜かれてテーブルに突っ伏している椿の前に、アークは無言で小瓶を2つ置いた。

「?」

怪訝な顔付きで、小瓶に目をやる椿。

「一つは強走薬。鬼人化で消耗する体力を補ってくれる薬だ。」

薄い黄色の液体の入った小瓶を指差して伝え、隣の小瓶に指を移す。

「コイツは気付けだ。にが虫を煮詰めて丸薬にしたもんだが……こいつを使えば、いっぺんは鬼人化に耐えられるだろう。」
「一度だけなの?こんなに沢山あるのに……」
「馬鹿たれ。濃縮したにが虫だぞ?んなガンガン使ったら舌が潰れちまうし……舌の痺れはそうそう簡単には抜けないんだ。連続して使ったところで効き目なんぞ無い。」
「なるほど……。」

眉根を詰めて丸薬を見つめる椿。

「まあ、半時間もすればまた効き目が出るようになるが……おい。こら!何考えてやがる?大量に飲んだら確かに効き目はあるだろうが、鬼人化で意識が飛ぶまでもなくそそのまま気絶するぞ。」
「アーク、ちょっと気になったんだけど……どうしてそんなにあたしの考えが読めるわけ?」
「判り易いんだよ。お前の考えは。ツバキ、カードとか苦手だろ?」
「うっ……わかる?」
「そりゃあな。あんまり解り易すぎると、終いには竜にだって思考読まれるぞ?」
「幾らなんでもそれは……ヒドくない?」
「いや、ゲリョスあたりは擬死も使うし、頭いい竜はある程度ハンターの裏かいてくるぜ?」

苦い顔で文句を言う椿の頭をポンと叩きながら、表情を引き締める。

「冗談はさておいて、だ。いいか?鬼人化の使用は極力控えろ。乱発は出来ないどころか、複数回の使用もできないと心得ておけ。」
「う……うん。」
「通常の鬼人化だったら、気付けを使えばいくらか使えるだろう。でもな、お前の出力ははっきり言って異常だ。身体能力の上昇効果は覿面だが、修行で出力制御を身に付けねえと……遠からず己の体を使い潰す事になるだろうな。」

険しいアークの表情に事の重大さを感じ取ったか、椿が唾を飲む。
静まった空気の中、その音はやけに大きく響いた。

「事の重大さが判ったみたいだな。だから、現状ツバキにとって鬼人化は奥の手だ。鬼人化で力尽きてちゃ、その場でテオの餌食になるからな。」
「わかった。決め手としてだけ、使う。」
「よし。じゃあメシ食ったらこれ飲んですぐ寝ておけ。明日は早いぞ。」

そう言って今度は、粉末の入った包みを食卓に置く。

「これは?」
「秘薬――さ。ボロボロになるまで訓練したんだ、明日に疲れを残したらコトだからな。これ飲んで一晩寝とけば、朝までには回復してるはずだ。」
「凄い薬なんだね……」
「炎龍の秘薬とまでは行かないがな。」
「ねえ、アーク?」

呼ばわって、椿は疲れた顔をアークへ向ける。その頬は心なしか赤く、目はうっすらと水気を帯びていた。

「どうした?」
「本当に、ありがとう……こんなに良くしてもらって……。あたし……っ。」

瞳から雫が溢れ、言葉が詰まる。小さく「ありがとう」と繰り返す声は、次第に小さな嗚咽に変わっていく。
アークは困ったように軽く頭を掻くと、椿を軽く抱き締めてやった。

「え……?」

驚いて身を強張らせる椿の背を優しく叩いて、落ち着かせようと試みる。

「馬鹿たれ、礼なら明日――宝玉を手に入れてから言え。大丈夫だ。俺もシラットも、全力でお前に力を貸してやる。だから安心して……今日は、休め。な?」
「うん。うん……でも、もう少しだけ、このままで居させて、ね。」

行動を起こしてから自分のした事を自覚したアークは、茹だたんばかりに顔を赤くしていたが――それでも、頷いて胸に顔を埋める椿の頭を撫でてやった。

「お熱い事だニャア……。せっかくいい事でも言ってやろうと思ったけど、完璧に出そこなったニャ……」

厨房の裏、二人に聞こえない程度の小声で、ぽつりと。
先程から蚊帳の外だったシラットが出て行き辛そうに呟いた。


5 :炎熱の暴君へ→

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