モンスターハンター・サブストーリー「灼華繚乱」
6 :覚醒
角を折ってから、一瞬の出来事だった。
咆哮を堪え、それが止んだ矢先。
何かの粉が辺りを覆った。
それがアークの教えてくれた粉塵爆発だと気付いた時には、もう爆発は始まっていて。
気付けば自分はアークの下で、爆炎から護られている。

「アーク、退いて!アーク!!」

必死で叫ぶ。このままでは、自分を庇ったまま彼は焼け死んでしまう。
炎が駆ける刹那の中で、必死で記憶を検索する。持参した道具の中で、少しでもアークを救ってくれるモノ。
薬草、軟膏、気付けの丸薬。
駄目だ。意味が無い。後々では意味を持っても、この窮地から彼を救えるものではない。

(何か……何か冷やすもの……!)

焦る指先が、一つの小瓶を引き当てた。
たった一本きりのクーラードリンク……何かの役に立つかもしれないと、思いつきで持ってきたものだ。

(これだっ!)

顔はアークに護られて動かないが、両手は動く。
神業めいた素早さで栓を抜き、炎にさいなまれるアークへ振りかけた。

(直接掛けても効果はあるはず……!)

事実、椿の予想は正解であった。
持続時間は服用した時と比べるべくも無いが、直接熱源に触れる分、瞬間的な緩和の容量は桁が違う。
時を置かずに収まる爆発。ぐったりと動かないアークの下から這い出し、彼を抱き起こす。
気を失い、あちこちに大きな火傷はあるが……致命傷に繋がりそうなものは無いように見えた。
すぐに炎龍へと視線を移す。負った手傷はやはり大きいか、炎龍もまた距離を取って様子を伺っているようだ。

「大丈夫かニャ!?」

爆発自体を回避できたのだろうか。大慌てでシラットが駆け寄ってくる。

「シラット君、良かった……。アークを、お願い!」
「任すニャ!」
「あ、ついでに。これもお願いしていい?」

そっと手を放してアークを委ねると、ポーチから気付けの丸薬を取り出す。
一粒抜いて、残りの収まった小瓶はシラットへと手渡した。

「ニャ?」
「何かの役に立つかも知れないから、ね。」
「わかったニャ……けど、ツバキさん……」

椿の意図を察したのだろう。小瓶を受け取るシラットの表情が曇る。

「大丈夫だよ。きっと……ね。」

心配そうなシラットの頭を一撫でして、立ち上がる。
今更ながらに震えの走る体に喝を入れ、ポーチからもう一つの小瓶を取り出した。
薄く黄色がかった薬――強走薬を一息で飲み干し、奥歯の間に丸薬を仕込む。

(見ててね、アーク。)

両手を下ろして脱力。限界まで息を吐き出し、深く、長く吸い込む。
一動に幾つもの意識を重ねる工程。
全身の神経を研ぎ澄まし、己が身を巡る力を知覚。丹田へと、呼吸と共に力を落とし込む。

呼吸を深める。
炉の炎にふいごで風を送り込む様に、うちに渦巻く力の感覚が熱を帯びる。弾けんばかりに高まりを見せるエネルギーが、ゆっくりと足元から渦を巻く。
鋭敏化する感覚。周囲の空気が粘りを帯び、全身に絡みつく。

(臨界を見極めろ。)

アークの声が蘇る。

(お前は炎だ。)

とぐろを巻くエネルギーが臨界に達する。

(紅蓮の牙で獲物を屠る……絶死の焔だ!)

それが合図。

「こ。」

単音がぜる。
一音を起爆剤とし、燃え上がる紅焔。
腕が対なる牙の印を象り、圧縮された力が螺旋を描く!

「おぉぉおぉおおおおおおおおっ!!」

圧倒的な力の奔流。
荒れ狂う力に流され、急速に意識が薄れていく。

(なん……のおっ!)

完全に失神するその前に、奥歯を強く噛み締める。
擂り潰す音が骨を伝い、丸薬が口一杯に広がった。

「〜〜〜っ!」

強烈な苦味に襲われて、意識が現実に引き戻される。

「アークの言ってた意味が判ったわ……。こんなの沢山使ったら、本当にそれだけで気絶しちゃう。」

一言漏らして、体を動かしてみる。
何と言うか――軽い。
全身に漲る力がいつもの比ではない。

(これなら……)

前傾して地を蹴る。通常のそれとは比較にならない加速に感覚が戸惑うが、無視して更に力を込めた。
弾丸の如き速度で疾走。見る間に炎龍との間合いが詰まる。
失った視界の中、それでも迫ってくる椿の気配を察したのか、炎龍が大きく息を吸い込んだ。

「遅いっ!」

炎が吐き出されるよりも迅く、ブレスの軸線から体を外す。
無防備な体側たいそくへ回り込み、撃龍槍の傷痕へ連撃。振り回される前足から逃げ、そのまま後方へ回り込む。
立ち止まらずに移動。反対側の体側へ辿り着くと、同様に傷痕への攻撃を加える。

(行けるっ!)

これまでの戦闘で、自分に炎龍の鱗を切り裂くだけの技量が無いことは解っている。
ならばどうするか?
答えは単純。傷痕や柔らかい部分を突いてやれば良いのだ。
鬼人化によって尋常ではない身体能力を得た椿には、炎龍の動きを把握することはそう大変な作業ではない。
問題は……この鬼人化がどこまで保つか。である。
強走薬と気付けの効果で動けてはいるが、その効果が何時切れないとも限らない。
そして――体の限界も近い。常人では有り得ない高効率での鬼人化は、確実に椿の体を蝕んでいる。

―このままでは早晩、体を使い潰す事になる―

昨夜のその忠告を、実感として理解する。

「でもっ!」

止まれない。緩むことは許されない。
弟が、故郷で病魔と闘っている。
そして、見ず知らずの自分の為に本当に力を尽くしてくれた人達がいる。
アークやシラットと出会わなければ、自分はこの怪物に一人きりで突っ込んでいたことだろう。
そんなもの、一瞬で潰されてお終いだったはずだ。
アークやシラットの協力があってこそ、今こうして炎龍と渡り合うことができるのだ。
己可愛さにひるむ事などどうして出来る――!

白熱する思考。気合の声を出すのも惜しんで連撃を繰り出す。
体側に、顔面に、鋭い一撃を幾重にも刻み込む。
炎龍の反撃を躱し、また一撃。
数十合目を打ち込んだ時、異変が起きた。
初めに限界を迎えたのは左足。急激に引き攣れる筋肉を、踏み込みで強引に伸ばす。

(来た――っ!)

ついに来た。この身の限界が、強走薬の限界よりも早くやって来た。
限界の知覚が眠っていた爆弾を一気に呼び覚ます。
強走薬の効力でスタミナ切れこそ起こしていないが、全身に溜まった歪みで思うように動けない。
次々に痙攣を起こし始める体をなだめすかして行動を続けるが、先程の様な動きは最早望むべくも無かった。
まだ冴えている感覚を総動員して攻撃の軌道を予測し、何とか回避を続けてはいるものの……それとて時間の問題だろう。
どうする。どうすればいい。
焦りで纏まらない思考のまま、半ば反射的に攻撃と回避を繰り返す。

(まずい――!)

足がもつれる。一瞬の体勢の崩れで攻撃を避け損ない、炎龍の爪が兜を掠めて行く。
パニックを起こし掛けた頭には、掠めただけでも気が遠くなる様な衝撃だ。

「―――っ。」

白んだ脳裏に、ふと母の顔が過ぎる。
大好きだった母。綺麗で強かった母。
幼い頃に失った面影が、浮いては消える。
死に瀕して、人は昔の記憶を次々と思い出すと言うが……

(これが、そうなのかなぁ。)

漠然と思う。
浮いては消える母の面影は、次第に明確なイメージを帯びて行く。
それは、鎧を着込んだ母の姿であった。
美しい蒼の具足を纏い、心配そうな顔をこちらへ向けている。

「椿。」

優しい音で紡がれる懐かしい声に、思わず涙が出た。

「母、さん。」

呟いた声が随分と若い。
手を見ればそこに愛刀は無く、まだ幼い少女の掌があるばかりだ。
視線を体に移すものの、やはり鎧などどこにも無く、ただ幼い自分が居るだけだった。
何かおかしい。でも、何が。
懸命に首を傾げてはみるものの、違和感の正体は一向に見えてこない。
まあ、いいか。
二度と会う事の無い筈の母に逢えたのだ。
それに比べれば、些細な事に違いない。

「全く……。」

母は困った様な顔で軽く溜め息を吐き、椿の頭へ手を伸ばす。
その手が勢いを増し――

「あ痛っ!?」

いきなり殴られた。

「何するのよ母さん!?」
「お黙り!」

抗議をぴしゃりと遮り、追加の拳骨を一撃。割と容赦が無いのは昔のままだ。

「椿……アンタねえ。惚けてる場合じゃ無いでしょう?絶体絶命じゃないの!」
「だって……!」
「だって、じゃない。言い訳する前に動きなさい!相手が何だって、私より若く死ぬのは許さないわよ!」

有無を言わさず言い切って、椿へと指を突き付ける。

「じゃあどうしろって言うの!?悔しいけど、あたしの力じゃ戦況を覆すのは無理だよっ……!」

思わず叫ぶ。口にしてはいけない筈の弱音を、止める事ができない。

「馬鹿おっしゃい。」

あっさりと。
至極あっさりと、椿の弱音は却下される。

「あんなヘタクソな鬼人化で、限界な訳ないでしょうが。アンタの力にはまだまだ先があるわよ。」
「先……?」
「そう、先。あんな半端な気の練り込みするから、体にまで負荷が掛かるのよ。」
「でも、それじゃ意識が……。」
「大丈夫よ。アンタは私と似てる。気性から体質まで――ね。」
「体質?」
「気が通りやすくて、制御が難しいのよ。だから抑えるんじゃなくて、解放しなさい。やってみれば解るわ。」

今度は拳骨ではなく、優しい掌が添えられる。
暖かくて柔らかな母の手……その重みが、軽くなる。
びくりと身を震わせて、手を添える。感じるはずの体温は徐々に失われ、母の姿は失われつつあった。
折角逢えた母が、もう居なくなってしまう。
そう思うと、居ても立ってもいられなかった。

「母さん!行かないで……!」

それは叶わぬ願い。
生死を分かつ壁は越えられず、一時の奇跡には終わりが来るのだ。
それを解っていても、なお叫ばずにおれなかった。
椿の叫びに困ったような笑顔を浮かべたまま、母が口を開く。

「行ってきなさい、椿。パートナー君も待ってるんでしょ?幸せに生きて、子供も作って、しわしわのおばあちゃんになって……しっかり生き切ってから、また逢いましょう?」

涙が止まらない。声を出せないまま、何度も頷く。

「さあ、だからしっかり――行ってきなさい!」

白んだ景色がクリアになる。体に痛みが、視界には敵が戻っていく。
そして耳には――

「ツバキ……起きろツバキっ!!」

頼もしいパートナーの声が響く。
色の戻った景色。空だった手には愛刀が戻り、目の前には前足を振り切った炎龍の姿。
立ち位置が変わっている所から察すると、少なくとも何秒かは気を失っていたようだ。

(戦闘中に白昼夢なんて、よく生きてたわね……私。)

思い返して背筋が凍る。暖かな、そして大切な夢ではあったが、それで命を失っては堪らない。
鬼人化を解除し、もつれる足取りで距離を取る。炎龍の突進を喰らえば一堪りも無いだろうが……幸い、炎龍とてそれほどの余裕は無かったようだ。
退きながらも思考を整理する。白昼夢の中で出逢った母は――決して、幻想や幻覚ではない。
根拠は無い。理由もわからない。だが、その事だけは何故か断言できた。
『悪いのは半端な気の練りこみ』
『必要なのは全力での開放』
それは、アークの教えとは間逆の事柄だ。自分は、それで散々失神したはずだ。

(けど……)

『アンタは私と似てる。気性から体質まで――ね。』
その言葉が妙に思考に嵌まり込んだ。
アークの指導が間違っているとは思えない。
しかし、それはあくまで一般論であり、特異な性質を持つ者へ適用される物ではないのではないか?
その推論こそは正鵠せいこくであると、本能が告げていた。
幸いにして、まだ強走効果は保たれている。全力を籠めるなら、今しかない。
前を見る。アークはシラットを伴い、ハンマーを杖代わりにしながらこちらへ向かっていた。
言うことを効かない足を精一杯動かし、彼の許へと辿り着く。

「目を覚ましたか!ヒヤヒヤさせやがって……!」
「ごめん……ねえアーク、聞いて――最後の賭けよ。」


7 :楔へ→

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