モンスターハンター・サブストーリー「灼華繚乱」
3 :彼女の事情
「は〜ぁニャニャニャニャニャニャぁッ!」

夜のキッチンに鍋が唸る。
荒っぽく舞い飛ぶ食材が見事な弧を描いて鍋へと着地。香ばしい芳香が漂い、食欲を掻き立てる。

「どこの拳法家だ、お前は……」

取り憑かれた様に腕を揮うシラットに、静かに突っ込むアーク。

「ニャーっ、はああぁぁぁっ!」
「あー、ダメだこりゃ。」

全く意に介さないシラットを眺めながら諦め顔で溜息を吐くと、隣に腰掛けた椿に視線を移す。

「悪いな、久々の客人で浮かれててよ。」
「…………。」
「ツバキ?」
「えっ?あ、ああ……気にしないで。逆に見てて楽しいわ。」
「ならいいが、な。」

どこか遠くを見た視線で答える椿。
アークは立ち上がり、果実酒をジョッキに二杯。
自分と椿の前に置くと、ほう。と息を吐いた。

「ツバキ。アンタの事情は知らないが……。何でまた、あんな大物に挑むんだ?」
「必要な物がある……ハンターが獲物を狩る理由は、それだけでしょう?」

呻く様な返答。どこか疲れた響きを含む声色に、アークはそれ以上問うのを止めた。

「まあ、そうだがな。相当煮詰まってるようだが、そんなんで大丈夫か?」

ピクリ、と身を震わせる椿。

「詮索はしないが、煮詰まりすぎると体が硬くなる。あまり思い詰め過ぎないこと――」
「できあがり――ニャっ!」

発した言葉に被せる様に、シラットの声。同時に首筋に高温が押し付けられる。
じゅっ。と何かが焦げる音が耳元で聞こえた。

「◎☆■?!?」

声にならない悲鳴を上げてのたうち回る。
普段から飛竜のブレスに晒されるアークとは言え、油断し切った所へ高温の鍋を当てられれば充分に熱いし痛い。

「全く、落ち込んでるレディーを何と心得るニャ。アホご主人。」
「てっめえ……っ!」
「ごめんニャ、ツバキさん。ウチのご主人、根っこはいいヤツなんだけどデリカシーが足りないニャ。」

言い募るシラットの背後で、ぬっ。とアークが立ち上がる。
気づかないシラットの首根っこを掴むと、ひょいと持ち上げた。

「……シラット……。」
「いニャニャニャニャっ!?」

ちょっぴり涙目になりながらシラットの頭に拳をあてがい、ぐりぐりと捻り込む。

「毎度毎度、やり過ぎだお前はぁっ!」
「ぬかすニャご主人っ!僕の名ツッコミがあってこそ、アンタのボケが生きてくるんだニャァっ!」
「誰がボケ担当だっ!?」
「あんたニャあぁあぁぁああっ!」
「……ぷっ!」

突如始まった喜劇にしばらくきょとんとしていた椿が、思わず噴き出す。

「あっ、は!あははははっ!」

そのまま堰を切ったように笑い出す椿。
アークとシラットは驚いて顔を見合わせたが、直ぐにそのまま笑い出した。

「あ〜あ、笑った……。」

ひとしきり笑って椿が呟く。
笑いすぎで目の端に浮いた涙を軽くぬぐい、すっきりとした表情を向けてくる。

「ありがとうね、もう何ヶ月もこんなに笑ってなかった気がする。」
「どういたしましてニャ。」

誇らしげに胸を張るシラットを撫でてから、椿はアークに向き直る。

「聞いて……もらえる?あたしの事情。」
「聞かせてもらえるなら、な。」

問いかける目線に目線を返しつつ、言葉も添える。
それを受けた椿は頷き一つ。

「弟がね、居るのよ。自慢じゃないけど仲のいい姉弟でね。母が死んでからは、村付きの医師をやってる父と、あたしと弟の3人で支えあって暮らしてきた……」

そこで一度言葉を区切り、深い溜息を一つ。

「その弟が、重い病気にかかったの。」
 
溜息と共に切り出したその台詞に、深い苦悩がよぎる。

「心臓の病で……次の冬までに薬を手に入れないと手遅れになるって。」
「なるほど、な。それで炎王龍か。」

事情を察したアークの言葉に、椿が頷く。

「炎王龍の体から作られた薬は、あらゆる心臓の病の特効薬……って言うからね。」
「正確には、その宝玉ほうぎょくから作られた薬が、だがな。そいつは紛れも無い王家御用達の秘薬だぜ?」

そこまで言ってから、アークは納得したように天井を仰いだ。

「だからこそ狩る――か。必死になるはずだぜ……。」

無言で頷く椿の瞳には、昼に見せたあの眼光が蘇っていた。

「残る期限はおよそ3月。父は父で、必死に別の手段を探してるわ。だから私は、私に出来る全てをするの。」

その眼光の意味を正しく理解し、軽く頭を振る。

「そういう事情があるなら、なおの事俺達は手を貸す。だが……」
「だが?」
炎龍えんりゅうの宝玉は、それ自体が非常に稀な物質だ。期待はし過ぎるなよ?」
「そう……だよね。」

椿の表情が一気にかげる。

「まっ……まあ、今回の情報を見る限り期待感は高いさ。」

慌てて付け加えると、椿は少し力ない笑みを返して来た。
実際の所、アークの言葉は単なる気休め、という訳ではない。アリアから貰った炎王龍の情報を見るにつけ、今回の相手は規格外の大物なのである。
宝玉が齢経としへた龍に宿ることを考えれば、確かにそれは希望の材料だった。

「本当だっつのに……。まあ、いいや。明日の特訓について、中身を教えておくぞ。」

言いながら装備を漁り、一対の双剣を取り出す。何の変哲も無い鉄製の双剣だ。

「要するに、明日やるのは鬼人化の訓練だ。双剣で戦うのなら、必須の技術だからな。」
「鬼人化……。」

要領を得ない表情の椿を軽く無視して、解説を続ける。

「まあ、実際に見たほうが早い。今からやって見せるから、よく見てな。」

言うが早いか、双剣を腰溜めに構えて一呼吸。

「あぁっ!」

呼気一声。頭上で勢い良く刃を交差。
鉄の噛み合う音と共に、足元から駆け上がる獰猛な力の塊を知覚。
お。とも、ご。ともつかない音と共に、力が顕現する。
紅のオーラが身の内外を満たし、リミッターが外れる感覚が全身を駆け抜ける。

「ふッ!」

立て続けに数挙動。尋常の動きを遥かに凌ぐ、正しく電光の如き刃の乱舞が駆け抜ける。
紅の残滓を身に這わせてゆっくりと身を起こせば、呆気に取られた表情で椿が固まっていた。

「驚いたか?これが鬼人化――対飛竜戦闘における、双剣使いの切り札だ。」

目を白黒させる椿に笑い掛けると、鬼人化を解く。

「体に負担がかかるから、ここぞって時だけ使うんだがな。実技に入る前に理論だけ教えておくぞ。」

言って双剣を背に収める。

「まず、双剣ってのはその技術体系の発生から他の武器と少し異なる。具体的には、その運用思想に呪術的な側面を持ってるんだ。」
「呪術!?」

意外な一言に、シラットまでが目を丸くする。

「創生期にな。詳細は知らないけど、開祖は王家魔導研の出身者らしいぞ。」
「詳しいのね……」
「ドンドルマ出身だって言っただろ?知り合いに博識のギルドナイトが居てな。まあ、そんな歴史の話はさておいて、だ。」

トントンとテーブルをつついて注意を戻す。

「察しは着いてると思うが、鬼人化こそがその呪術面の結晶だ。原理は太刀の錬気れんきに似てるんだが……根幹の概念が異なる。」

椿は眉根を詰めて必死に説明を聞いているが、表情には既に困惑の色が浮いている。

「鬼人化って技術の根幹にあるのは、意識の制御による拘束の開放と呪術の補助による身体性能の向上だ。『対なる牙』の符号を双剣で象り、意思を追従させることでそれを可能にする。」
「……ごめん、アーク。難し過ぎてわからない……。」
「……悪りぃ。」

音を上げた椿に軽く謝り、手近にあった鍋から料理を一口つまむ。

「砕いて言えば、だな。気合を入れて構えを取れば一時的に爆発的な力を使えるって事だ。」
「また一気に砕けたニャア。」
「アーク、意外と極端ね?」
「注文の多い連中だな……。小難しいほうが良かったか?」
「あ、ごめん。今のでいい。」
「よろしい。で、さしあたって覚えるべきは5つだ。」

右手を開き、五指を項目に見立てる。

「まず一つ。意識の持って行き方。次に発動のための型。この辺りは大して難しいことは無い。」

指を畳んで残りは3つ。

「次は『乱舞』だ。一撃の重みや流れを考慮しつつ洗練されて来た物だから、覚えておいて損は無い。」

畳んで2つ。

「で、残りの二つが一番難しいんだが……引き際とペース配分だ。身体能力が上がるから、どうしても深追いしがちになる。」

指を畳みきった手を引っ込めながら言う。

「深追いは命取りだものね……でも、ペースっていうのは?」
「さっきも言ったが、鬼人化は体に重い負担をかける。一時的にとんでもない動きをするからな。逃げたり避けたりしないとならない時に動けなけりゃ、それこそ致命的だろ。」
「なるほど。」
「だから、明日の訓練はそれを重点的にやっていくぞ。鬼人化自体はすぐに覚えられるさ。」
「んと……説明はそんなとこでいいのかニャ?」

言葉の途切れを待ってシラットが言葉を挟む。

「ああ。大体こんなとこだろ。」

答えを確認したシラットは頷き一つ。

「なら、そろそろご飯にするかニャ。朝に続いて、お魚さんが冷めちゃいそうだニャ。」

少し嫌味たらしく視線を送るシラットに苦笑し、料理を取り分ける。
ふと、椿の様子から硬さが抜けている事に気付き、アークは口の端で笑った。

「じゃあ、狩りの成功を願って――乾杯!」

音頭に乗ってそれぞれが杯を掲げ、口を付ける。
笑い声と共に、深々と夜は更けて行く。
それぞれの想いを、内包しながら。


4 :意外な落とし穴へ→

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