モンスターハンター・サブストーリー「灼華繚乱」
2 :対の牙
「ご主人、どうしたニャ?」
戻るなり装備品を漁り出したアークを見て、シラットが怪訝そうな顔をする。
「ギルドに変なハンターが来ててな。面白いヤツなんで、ちょっと面倒見てくる。」
オレンジに鮮やかなストライプ――轟竜素材の鎧を手早く身に付け、愛用の戦鎚に手を伸ばす。
ウォーバッシュ。
唯々絶大な破壊力で相手を粉砕する漆黒の鉄鎚だ。
「……楽しそうなツラしてるニャァ。ホント、お節介な人間だニャ。アンタは。」
「まあ、性分だ。中央広場に待たせてるから行って来る。お前も見物に来たらどうだ?」
「そうだニャ……どんなヤツかも気になるし、行くニャ。」
シラットを伴ったアークが広場に到着すると、待ちかねた様に椿が歩み寄ってきた。
緊張感のある空気を挟んで、武装した二人が対峙する。
「手段は問わない。俺に腕前を見せてくれ。手加減はナシだぞ。」
厳しい目つきでこちらを見据える椿に静かに告げる。
椿が無言で頷き、静かに双焔を抜き放つ。
「念を押すが……殺す気で来い。アンタの限界、見せてみろ。」
言うが早いか、黒塗りの戦鎚を腰溜めに構えて突進する。
横殴りの一撃。大きく飛び退って間合いを取る椿を、アークはそのまま追い掛ける。
振り抜く勢いを利用して一回転。立て続けに二回転、三回転。
旋風の如き猛追を必死に回避する椿の動きが僅かに止まる。
「ぜぃぁあッ!!」
その機に捻じ込む様に、アークの鉄鎚が軌道を変えた。
必殺の威力を以って、斜め上からの撃ち下ろしが奔る。
鈍い衝突音を伴ってめり込むハンマーを、椿は紙一重で回避した。
(誘われた!)
気付くアークよりも椿の斬り込みが迅い。
肉薄する椿の手元が疾風と化す。
喉元を狙って繰り出される一刀。
「……つっ!!」
回避するアークを追う二刀目を、回転して大きく避ける。
動作の終わりを狙って追い縋る刺突。頭を狙った必殺の攻撃だ。
「せえッ!」
「!?」
赫光の如き二刀を、下から跳ね上げたハンマーで強引にいなす。
ガラ空きになった椿の胴目掛けて、ハンマーの突き込みが見事に決まった。
「ぐっ!?」
全く予想外の攻撃に対処できず、吹き飛ぶ椿。
致命的な隙を逃さず、無防備な椿へと漆黒の鉄鎚が唸りを上げる。
「けあぁっ!」
全重量を叩き込んだ必殺の一撃。鉄鎚が絶望的な破砕音を奏でる直前、視界を閃光が埋め尽くす。
くぐもった激突音。同時に乾いた破裂音。
集まっていたギャラリーの間を戦慄が走り抜け、場が水を打った様に静まり返る。
「くくっ……。」
閃光が収まる中、時が止まったかの様なその沈黙を破ったのは他ならぬアークだった。
深々と地面に減り込んだ鉄鎚を退けると、現われたのは真紅に爆ぜた顔――ではない。
ハンマーによって穿たれた地面と石とが、窪みを晒すのみである。
鉄鎚のすぐ横には、恐怖とも緊張ともつかない表情を湛えた椿の顔があった。
アークが外したのではない。飛ばされながらも閃光玉でアークの視界を潰し、間一髪で鉄鎚を回避したのである。
「避けられなきゃ寸止めのつもりだったが……よく避けたな!」
ひどく楽し気に言うアーク。
答える代わりに、距離を取った椿は無言で双焔を構え直す。
追い詰められた飛竜の如くに引き絞られた眼光が、強烈な意志を伴ってこちらを見ていた。
「いい眼だな。」
感心して呟く。幾度もの死線を超えたハンターに宿る眼光を、眼前の少女は放っている。
にやり、と口の端を歪め、アークは構えを解いた。
「いいだろう。及第点だ。少なくとも無様に餌……って展開だけはないだろうさ。」
「当然よ。覚悟が……違うわ。」
どこか安堵の表情を浮かべつつ、胸を張る椿。
「不敵だな。だが、何で鬼人化を使わなかった?俺は「全力で」と念を押した筈だぞ?」
わざとだとすれば、それは酷い侮りだ。
強い調子のアークの問いに、しかし椿は怪訝そうな顔をする。
「鬼人化……?何よそれ?」
「何ってお前……まさか、鬼人化を知らないのか!?」
双剣使いとして、何やら恥ずべき事であると悟ったらしい。
椿は顔を赤くして、小さく頷いた。
「ツバキ、あんたの師匠は?お袋さんじゃないのか?」
「母さんは小さい頃に死んでしまったから……ハンターとしての技は、全て独学よ。」
「独学だあ!?……おいツバキ。あんたハンター歴は何年くらいだ?」
「1年と少し。ね。」
「いちっ……!」
思わず絶句する。
対飛竜戦において、双剣での戦闘は鬼人化の使用を前提とする。
刃渡りの小さい刃で強力な飛竜を相手にするには、必須の技術とも言えるからだ。
(ハンターになって2年に満たない駆け出しが、鬼人化もなしで岩竜を狩った?)
整った装備があったとしても、それは恐るべき天稟である。
「はッ――!」
思わず笑う。
こんな馬鹿げた素材が居ようとは。
「アリア、依頼の受注だ。出発は明後日の朝!標的は炎王龍!頼んだぞ!」
「あ……は、はいっ!」
「今回の狩りには俺も同行する――ただし!」
慌しく集会所へ引っ込むアリアを見送り、椿へと向き直る。
「明日1日は、俺の特訓を受けて貰うぞ。」
「特訓って、何をするつもりよ?」
「その辺は追って話す。異存は無いな?」
「うっ……それで……テオ・テスカトルが、倒せるなら。」
有無を言わさぬアークの口調に、椿は呆気にとられた表情で頷いた。
3 :彼女の事情へ→
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