モンスターハンター・サブストーリー「灼華繚乱」
1 :薄紅色の珍客
「うぃーっス。」
「ああっ、アークさん!いい所に!」
軽い調子で集会所の戸をくぐると、受付嬢のアリアが困り果てた表情を向けて来る。
アリアはいつも立っているカウンターを乗り越え、馬乗りになって誰かを取り押さえていた。
「どっ……どうした?それ。」
「ええ、実は暴れだした人がいて……」
滅多に無い珍事に、思わず呆気に取られる。
職業柄、ハンターには荒っぽい人間も多い。それを相手する稼業ゆえに、ギルド員は確かに受付に至るまである程度の訓練を受けてはいるが――
ドンドルマの様な街ならいざ知らず、地方の村でその腕前が発揮される状況など皆無に等しいのだ。
「はな……っ、せっ!」
アリアによってしっかりと押さえ込まれているのは、美しい少女だった。
鳶 色の瞳に、特徴的な薄紅色の髪。野暮ったい鎧に身を包んでもなお、その愛らしさが覗える。
少女はアリアの捕縛から逃れるべく、美しい長髪を振り乱して必死の抵抗を試みているが……アリアとて訓練を受けたギルド員である。ポイントを突いた抑え込みはそう容易く破れる物ではない。
「見たとこ、ハンターみたいだが……」
アークはひょいと屈みこみ、仰向けでもがく少女の額に軽く手のひらを置いた。
「アリア、離れていいぞ。ご苦労さん。」
アークの意図を察したアリアは、安堵の笑みを漏らして捕縛を解く。
すかさず少女は起き上がろうとするが……頭部を固定されて動けない。
「ほれ、起きてみな。」
「んっ!ぬっ!ぐぅっ!」
自由になった手足をバタつかせて少女が起き上がろうとするが、力の入れ具合を微妙に変えてアークがそれをさせない。
「ほれ、どしたっ。そんなもんか?」
「舐め……るなあっ!」
挑発で火が点いたのか。少女が目覚しい動きを見せた。
額を抑え込むアークの手首を掴むと、勢いをつけてアークへと爪先蹴りを見舞う。
「おっ!」
感心した様に、額を襲う蹴撃を空いた手で止める。
防がれた蹴りの反動を利用して強引に頭を抜くと、少女は身を捻って起き上がった。
「へえ、結構動けるじゃないか。」
「うるさいっ!アンタ何なのよ!?」
「それはこっちの台詞だと思うがな。俺はアーク・ライアット。この村付きのハンターだよ。お前さんは?何だってまた取り押さえられてたんだ?」
「あたしは椿。流しのハンターよ……特別なことなんてしてないわ。ずっと探してた獲物の討伐を受注しようとしただけよ。」
「ふむ。で、突っぱねられて暴れた、と?」
さらりと発した言葉に図星を突かれたか、椿の動きがピタリと止まる。
その背後ではアリアがうんうんと頷いていた。
アークはアリアの様子を見て、軽く溜息を吐く。
「当たりか。気持ちは解るが、暴れるのはいただけないぜ?」
「まあ、それは……悪かったわよ。」
バツが悪そうに俯く椿。
「で?一体何の討伐依頼を受けようとしたんだ?」
「テオ・テスカトル……よ。」
「しかも、飛びきりの大物です。」
椿の言葉を補足するように、アリアが言う。
「ふうん……テオの大物、ね。ちなみにツバキ、あんたのハンターランクは?」
「1よ。」
「1だあ!?」
きっぱりと言い切る椿。あまりにもさっぱりとしたその物言いに、アークは軽く眩暈を覚える。
「ウチの村にはギルドの出張所が無かったもの。ギルド公認のランクなんて持ってないわよ。」
しれっと言ってのける。
「なるほど、そう言う事か。まあ、身なりからしても……」
言いながら、椿の装備を眺めるアーク。
重厚な作りの鎧。暗灰色の表面は、その素材の主を物語る。
「岩竜素材の防具……か。確かにランク1のハンターが手に出来るもんじゃないわな…んっ?」
値踏みするようなアークの視線が、椿の肩口で動きを止める。
「何よ?人の顔ジロジロ見て……」
視線を不審に思ったか、露骨に表情を歪める椿。
「ん。ああ、悪い。珍しい獲物を使うんだなと思ってさ。双焔――だよな、それ?」
そう言って、椿の武器を指差す。
温かみのある朱色を宿した、片刃の双剣が肩越しに見えている。
『双焔』
山の如き古龍、《老山龍》 の角から削り出した双剣だ。
古の生態をそのまま残す《古龍》の内で最も巨大な老山龍。
その長寿故の個体数の少なさから巡り合うハンターは少なく、その素材もまた、非常に高価な代物である。
まともなハンターランクも取得してないハンターが所有するには、余りに過ぎた獲物と言えるだろう。
「母の、形見なのよ。」
「なるほど、お袋さんもハンターだったのか。」
「結構有名だったって聞いてたわ。この双剣も、かなりの名品って聞いてる。」
「かなり、って表現じゃ足りないかもな。ソイツは、ドンドルマ出身の俺でもほとんどお目にかかったことが無い逸品だ。素晴らしい物……遺して貰ったな。」
頷いて、スラリと一刀を抜く椿。
「老山龍の武器には龍殺しの力が宿るって言うわ。だから、これでテオ・テスカトルを……」
「まあ、お前さんがテオを相手に出来るかどうかは、また別問題だ。」
「どういう事よ?」
「相手は古龍、しかも飛びっきりだ。装備に腕が追いついてなきゃ討伐どころかただの餌になる。って意味だよ。」
「大変な相手だっていうのは、解ってるつもりよ。ハンターになってから今まで、一度だって鍛錬を欠かした事は無いわ。双焔に振り回されるような無様は、絶対にしない。」
決意の表情を見せる椿。その瞳に尋常ならざる物を感じ、アークは軽く溜息を吐く。
「何だか相当思い詰めてる様だな……まあ、いいか。」
ふっと表情から力を抜くと、アークは踵 を返した。
「ついて来きなよ。正規の手段じゃないが……ツバキ。腕前を確かめてやる。」
2 :対の牙へ→
←序へ戻る
←Indexに戻る
←ブログに戻る